プロフィール
私は、管理栄養士の資格を持ち、その資格を使っていろいろな職場で働いてきました。
学生の頃から「普通の栄養士にはなりたくない」と思ってはいましたが、漠然とした自分の未来像です。
どうなりたいのかさえ、自分でもよくわからないまま、与えられた仕事は真面目に一生懸命取り組んでいました。
しかし、普通ではないことを目指しているのですから、型通りを嫌い、他人と違う自分に悩み、何かを求めて職場を変えることを幾度か繰り返しました。
それによって私は、たくさんの経験を積み、求めてきた「何か」に辿りつけたような気がしています。
完璧に栄養価計算されて提供された食事は身体に良いものかもしれませんが、本人が「食べたい」と思うものとは違いがあります。
私は「食べたいもの」を食べてこそ、栄養になるのではないかと、信じています。
好きなだけ食べることはできなくても、少しだけでも食べるために、他の食べ物を調整することはできる、そんな思いが他の人よりも強かったのかもしれません。
私が大きな大きな決意をして、初めてサイモントン療法の6daysベーシックプログラムに参加したのは、2006年4月でした。
その3年程前、ストレスを抱えながら過ごしていた日々の中で、サイモントン療法を知りますが、北海道に住む私には、とても手の届かない事と、勉強をはじめることさえもあきらめていました。
その後、ストレスはどんどん溜まり「何とかしなければ」「私がやらなければ」と自分を追い込み、八方ふさがりで動けなくなった時に、やっとの思いで参加したのでした。
この時のサイモントン先生の言葉は、厳しさと優しさと温かさにあふれていて、心に染み入りました。
私は、必死に自分を取り繕って日々を過ごしていたことを痛感します。
自分は大丈夫だと平気なふりをし続けていましたが、本当は苦しくて誰かに助けてもらいたいと思っていたのです。
身ぐるみを剥され、泣きながらセッションを受け、まだ何も見つけられずにいた3日目、とても元気な父が不整脈のために仕事中に突然倒れて、救急車で運ばれたという連絡を受け、プログラムの途中で北海道に帰りました。
「縁がなかった」そう思わずにはいられませんでした。それから2年近く、父は意識が戻らないまま逝きました。
3日間の参加でしたが、サイモントン療法を学んだことは、父の看病を続ける中で、母のサポートをしたり、自分自身の気持ちの持ち方を考えたりすることにとても役だちました。
父の思いを直接聞くことはできませんでしたが、それまでの会話を思い出しどう望んでいるかをイメージすることはできました。
大切な人と死別することはとても寂しいことだけれど、死が終わりじゃないと信じられるようになっていました。
目の前から姿は見えなくなってしまうけれど、気持ちはいつもそばにあると信じるようになりました。
その後、札幌での2daysに参加し、もう一度しっかりと学ぼうと思い、再び伊豆の6daysベーシックプログラムに参加したのは2011年5月でした。
それからは学ぶことが楽しくて、どんどんのめりこんでいきます。
学んでいく中で、自分の中の父に対する感情や、母に対する感情に気づいたり、一緒に学ぶ仲間たちからもたくさんの気づきをもらいます。
自分自身にすっかり自信を無くしていたのですが、他人と比べる必要はなくて私は私のままで良いことを、思い出すことができました。
私の場合は、自分のために学んできたサイモントン療法です。
この考え方を持っていたら、日々の生活が少し楽しくなると感じます。
そんな思いを、みなさんにも感じていただけるお手伝いをしたいと思っています。